『マルイシティ横浜』2026年2月をもって閉店 29年の歴史に幕

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画像はマルイシティ横浜ホームページより

横浜駅東口のショッピングモール『マルイシティ横浜』(神奈川県横浜市西区)が、2026年2月をもって閉店することがわかった。

マルイシティ横浜は、1996年9月に横浜スカイビルに開業。地下2階から地上8階部分に入居しており、売り場面積は16,774 平方メートルで約80のテナント店舗を展開している。閉店の理由は業績不振とされている。昨年年度の売上高は約124億円で、最盛期の1998年度の約255億円から半減していた。

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大手商業施設の閉店にネット上では

ネット上では、

「建物の位置とか構造の問題だろうと思いますが。地下コンコースからのアプローチが今ひとつでエントランスが狭くて目立たない。近隣のSOGOが大きな口を開けて人を飲み込みにぎわいを演出してるのに比べて、いつもひっそりした佇まいだった」

「結構本気でビックリしたけど、でもちょっと考えたら納得はできちゃうな・・・ そもそもマルイ自体がずっと若者向けの商売だったけど、若者が減ってる上にアパレルに金落とさなくなったからね、今の子はGUしまむらSHEINやメルカリで満足してる、ユニクロでさえ高いくらい さすがにマルイもそれを察して結構前から記事にあるとおりテナントをホビーや雑貨系に大分シフトしてたけど、そもそも今の子は趣味にもそこまでお金を使わないイメージ 全く買わないわけじゃないだろうけど、生活必需品じゃないから定期的に金落とすわけでもないだろうし なんかますます「高級」か「激安」の二分化がハッキリしてきたのかもね。その中間がなくなってきてる」

「マルイはデパートは高いが、とりあえず流行の服や小物を買いたい若者向けの存在だった。 当時はまだLUMINEやアトレがただの駅ビルだった頃は単価が安めの服屋はあったけど雑誌に出るブランドが集合したマルイがとりあえず便利だった。 でも立場は交代して今はLUMINEやららぽーとなどのテナントがその立場を担っている。 JR系カードやSuica使うならLUMINEの方がお得で便利だし、複合型大型モールは色々遊べて買い物ができる。 マルイでなきゃいけない理由がなくなってしまった」

「30年前に学生だった私の当時の勝負服は殆ど丸井で買ったものでした。キレイめ全盛の時代で大学に入りたての頃は本当にお世話になりました。社会人になってすっかり足が向かなくなりましたが、自分の子供を見ていると大学生もユニクロを愛用しているようですし、バイト代を全部洋服に注ぎ込むようなことはしてないし、丸井のような学生には少し高価な価格帯だと少子化も相まって難しいのでしょうかね。私の学生の頃の思い出がまた1つ無くなってしまうのは寂しいですね」

「最盛期の1998年から横浜丸井で働いてたけど、あの頃はアパレルも単価が高くてトップスとボトム買ったら2万以上、コートは5万以上とか当たり前だった。ボーナス時期には10万以上のお会計の人もバンバンいたし、セールは開店待ちの長い行列も出来てたり。。。 今横浜へ行くと買い物はそごうやルミネ高島屋、たまに丸井に入っても見るもの買うものなさすぎて、なんじゃこれみたいになってたもんな。少なくとも百貨店と争ってた頃の丸井は遠い昔に終わっていた」

「主にホビー売場の感想ですが、閉鎖になるような雰囲気ではありませんでした。「猛烈」と表現していいと思うくらいに混んでいましたので…。 一方でマルイの賃料というのは物凄く高額なのですが、ひょっとしてホビー売場の場合は額面通りの賃料ではなく優遇制度などがあったのでしょうかね。であればいくら店舗が埋まっていて客が入っていてもマルイとしては利益にならないので、納得といったところです」

「丸井と言っても、大半がテナントだからスカイビルのテナントとして残るのかな? 丸井は伊勢佐木町、馬車道、戸塚、藤沢、横須賀とあったけど、自社ビルはモディとして専門店に転換しそれ以外は撤退し、いよいよ横浜も撤退か…月賦百貨店からファッションビルだった丸井もクレジット業もテナント業も他と同じく特色がなくなってしまった。とはいえ、業績は安定してるみたいですね」

といった様々なコメントが寄せられている。

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